HOMO(最高被占軌道)とLUMO(最低空軌道)のエネルギー準位の実測値

 

HOMO(最高被占軌道)とLUMO(最低空軌道)のエネルギー準位の実測値を得るためには、いくつかの高度な分光技術や電気化学的手法が利用される。これらの手法は、それぞれ特定の利点と制約を持ち、対象とする分子や材料の性質に応じて使い分けられる。以下に、主要な測定手法について詳述する。

光電子分光法 (Photoelectron Spectroscopy, PES)

HOMOのエネルギー準位を測定するために広く用いられる手法の一つが光電子分光法である。この手法は、試料に高エネルギーの光を照射し、放出される電子の運動エネルギーを測定することにより、電子が元々占有していた軌道のエネルギーを直接決定する方法である。

  • 紫外光電子分光法 (UPS): 主に価電子帯に属する電子のエネルギー準位を測定するのに適している。UPSでは、紫外線を用いて電子を励起し、放出される電子のエネルギー分布を分析することで、HOMOの位置を特定する。

  • X線光電子分光法 (XPS): 内殻電子を観測することも可能だが、HOMOの詳細なエネルギー準位を解析するにはUPSの方が適している。XPSは化学結合の影響や表面状態に敏感であるため、HOMOの解釈には慎重を要する。

逆光電子分光法 (Inverse Photoelectron Spectroscopy, IPES)

LUMOのエネルギー準位を直接測定する手法として逆光電子分光法がある。この手法では、試料に低エネルギー電子ビームを照射し、電子がLUMOに遷移する際に放出される光子のエネルギーを測定することで、LUMOのエネルギー準位を決定する。

  • 測定方法: 電子ビームを用いて試料に電子を注入し、LUMOへの遷移に伴って放出される光子を検出する。このスペクトルの最も低いエネルギーのピークがLUMOに対応する。

走査型トンネル分光法 (Scanning Tunneling Spectroscopy, STS)

STSは、HOMOとLUMOの両方を同時に測定することができる手法であり、走査型トンネル顕微鏡(STM)を利用する。この手法では、STM探針と試料間のトンネル電流を測定し、そのI-V曲線の微分から局所状態密度(LDOS)を得る。

  • データ解析: I-V曲線の微分であるdI/dVが局所状態密度に比例するため、これを用いてHOMOおよびLUMOのエネルギー準位を決定する。STMは非常に高い空間分解能を持つため、特定の表面領域や分子単位でのエネルギー準位の測定が可能である。

吸収分光法 (Absorption Spectroscopy)

HOMOとLUMOのエネルギー準位を直接測定する方法ではないが、吸収スペクトルを解析することでHOMO-LUMOギャップを間接的に推定することができる。代表的な方法にはUV-Vis吸収分光法がある。

  • UV-Vis吸収分光法: 分子が光を吸収して電子が基底状態から励起状態に遷移する際のエネルギーを測定する。この際、吸収端からおおよそのHOMO-LUMOギャップを推定することが可能だが、励起子結合エネルギーの影響を受けるため、得られるギャップは真のHOMO-LUMOギャップよりも小さい値となることが多い。

サイクリックボルタンメトリー (Cyclic Voltammetry, CV)

電気化学的手法でHOMOとLUMOのエネルギー準位を推定する方法の一つがサイクリックボルタンメトリーである。CVでは、試料の電極電位を掃引しながら、酸化還元反応に伴う電流を測定する。

  • データ解析: 酸化ピークの立ち上がりからHOMOのエネルギー準位を、還元ピークの立ち上がりからLUMOのエネルギー準位を推定する。この手法は、溶液中での測定が可能であり、溶媒やイオンの影響を考慮しながらエネルギー準位を決定することができる。

電子エネルギー損失分光法 (Electron Energy Loss Spectroscopy, EELS)

EELSは無機材料や固体試料に広く用いられるが、有機分子の薄膜にも適用可能である。この手法では、試料に照射された電子ビームの非弾性散乱によるエネルギー損失を測定し、価電子帯と伝導帯の構造を解析する。

  • データ解析: EELSスペクトルから得られるプラズモン損失ピークやバンド間遷移のピークを解析することで、HOMOとLUMOのエネルギー準位を推定することが可能である。

二光子光電子分光法 (Two-Photon Photoelectron Spectroscopy, 2PPE)

特に表面や界面の電子状態を調べるのに適した手法が二光子光電子分光法である。この手法では、異なるエネルギーの光パルスを二つ用いて、まず電子を励起し、次にその励起電子を真空中に放出させる。

  • データ解析: 得られたスペクトルから、占有状態と非占有状態の両方のエネルギー準位を決定する。さらに時間分解測定を行うことで、励起状態のダイナミクスも観測可能である。

理論計算との比較

実測値と理論計算結果を比較する際には、いくつかの注意が必要である。特に、純粋なDFT(密度汎関数理論)はバンドギャップを過小評価する傾向があるため、ハイブリッド汎関数や長距離補正汎関数の使用が推奨される。また、溶液中での実験の場合、計算でも適切な溶媒モデルを適用することが重要である。構造最適化や振動解析も正確な結果を得るために不可欠であり、経験的なスケーリング因子を適用することで系統的誤差を補正することも考慮される。

結論

HOMO-LUMOエネルギー準位の測定には、複数の実験手法を組み合わせることが理想的である。各手法には固有の特性があり、試料の性質や測定条件に応じて最適な手法を選択する必要がある。また、理論計算との比較を通じて、分子や材料の電子構造に関する包括的な理解を深めることが可能であり、新しい材料の開発や反応機構の解明に重要な手がかりを提供する。

 

※補足

 

UV-Vis吸収分光法について詳細に解説する。

原理の詳細

UV-Vis吸収分光法は、分子内の電子遷移を観測する手法であり、分子が光を吸収すると、電子が基底状態から励起状態へ遷移する。この遷移に必要なエネルギーは、分子のHOMOとLUMOのエネルギー差に関連している。

測定方法の詳細

  • 光源: 通常、重水素ランプ(UV領域)とタングステンランプ(可視領域)を使用する。
  • 分光器: 入射光を単色化する役割を果たす。
  • 試料セル: 溶液試料の場合、石英セルを使用することが一般的である。
  • 検出器: 光電子増倍管やフォトダイオードアレイが用いられる。

データ解析の詳細

  • Beer-Lambertの法則: 吸光度(A)は、モル吸光係数(ε)、光路長(b)、および試料の濃度(c)に比例し、式としては A=ϵbcA = \epsilon \cdot b \cdot c で表される。

  • 吸収端の決定方法

    • Taucプロット: (αhν)1/n(\alpha h\nu)^{1/n}hνh\nu をプロットし、直線部分を外挿してx軸との交点を求めることでバンドギャップを推定する手法。
    • 微分スペクトル法: 吸収スペクトルの1次または2次微分を取り、変曲点を求める手法。

注意点

  • 溶媒効果: 溶媒の極性によって吸収波長が変化することがあるため、溶媒選択には注意が必要である。
  • 濃度依存性: 高濃度試料では、自己吸収や会合体形成によりスペクトルが変化する可能性があり、適切な濃度範囲での測定が重要となる。
  • 装置の分解能: 特に吸収端付近の微細構造を観測する場合、装置の分解能が重要な要素となる。

励起子結合エネルギーの影響

  • 励起子: 励起状態にある電子とその正孔(ホール)との対を指す。
  • 励起子結合エネルギー: 電子と正孔のクーロン相互作用によるエネルギーであり、観測されるエネルギーギャップは、真のHOMO-LUMOギャップから励起子結合エネルギーを引いた値になる。

他の手法との組み合わせ

  • 蛍光分光法: 吸収と発光のStokesシフトから、励起状態の構造緩和に関する情報が得られる。
  • 時間分解分光法: 励起状態のダイナミクスを観測し、時間分解による分子挙動の理解を深めることができる。

DFT計算との比較

  • TD-DFT(時間依存密度汎関数理論)計算: 理論的な吸収スペクトルを得るために用いられる。実験値と計算値を比較する際には、溶媒効果や振電相互作用の影響を考慮する必要がある。

結論

UV-Vis吸収分光法は、比較的簡便で広く利用可能な手法であるが、得られる情報は間接的であるため、他の実験手法や理論計算と組み合わせて解釈することが重要である。