DFT計算における汎関数

 

DFT計算における汎関数の詳細解析:理論と実践

はじめに

密度汎関数理論(Density Functional Theory, DFT)は、電子構造計算において広く用いられる方法であり、主に電子密度を基礎にエネルギーを求める。DFTの計算精度と効率は、使用する汎関数の選択に大きく依存する。汎関数とは、スカラー量(この場合は全エネルギー)を電子密度という関数に関連付けるものであり、その適切な選択がDFT計算の成否を分ける。本記事では、DFT計算における主要な汎関数、具体的な選択基準、およびそれらの背後にある理論的な背景について深掘りしていく。

交換相関エネルギーと汎関数の役割

DFTにおいて、系の全エネルギーは電子密度の汎関数として表現される。具体的には、全エネルギー E[ρ]E[\rho]は次のように分解される:

E[ρ]=Ts[ρ]+Vne[ρ]+J[ρ]+Exc[ρ]E[\rho] = T_s[\rho] + V_{\text{ne}}[\rho] + J[\rho] + E_{\text{xc}}[\rho]

ここで、Ts[ρ]T_s[\rho] は非相対論的なスレーター行列式から導かれる運動エネルギー、Vne[ρ]V_{\text{ne}}[\rho]は核-電子間相互作用のポテンシャルエネルギー、J[ρ]J[\rho] は電子間クーロン相互作用エネルギーである。最も重要な項は交換相関エネルギー Exc[ρ]E_{\text{xc}}[\rho]であり、これがDFT計算における唯一の近似要素となる。

主な交換相関汎関数の種類

1. 局所密度近似 (LDA)

LDAは均一電子ガスモデルに基づいており、最も基本的な交換相関汎関数である。LDAにおける交換相関エネルギー Exc[ρ]E_{\text{xc}}[\rho]は以下のように与えられる:

Exc[ρ]=ρ(r)ϵxc(ρ(r))drE_{\text{xc}}[\rho] = \int \rho(\mathbf{r}) \epsilon_{\text{xc}}(\rho(\mathbf{r})) d\mathbf{r}

ここで、ϵxc(ρ)\epsilon_{\text{xc}}(\rho)は均一電子ガスに対する局所交換相関エネルギー密度である。LDAは計算コストが低いが、化学結合エネルギーを過大評価する傾向がある。

2. 一般化勾配近似 (GGA)

GGAはLDAを改良し、電子密度の勾配を考慮に入れる。GGAにおける交換相関エネルギーは次のように表現される:

Exc[ρ]=f(ρ(r),ρ(r))drE_{\text{xc}}[\rho] = \int f(\rho(\mathbf{r}), \nabla\rho(\mathbf{r})) d\mathbf{r}

ここで、ffは電子密度とその勾配に依存する関数である。GGAはLDAよりも精度が高く、特に化学反応や分子構造の計算において優れた結果を示す。

3. メタGGA

メタGGAはGGAをさらに発展させたもので、電子密度の2次微分や運動エネルギー密度も考慮する。メタGGAのエネルギーは以下のように与えられる:

Exc[ρ]=g(ρ(r),ρ(r),2ρ(r),τ(r))drE_{\text{xc}}[\rho] = \int g(\rho(\mathbf{r}), \nabla\rho(\mathbf{r}), \nabla^2\rho(\mathbf{r}), \tau(\mathbf{r})) d\mathbf{r}

ここで、τ(r)\tau(\mathbf{r})は運動エネルギー密度である。メタGGAは、さらに高精度な結果を得るために利用され、GGAよりも高い計算コストを必要とする。

4. ハイブリッド汎関数

ハイブリッド汎関数は、GGAやメタGGAにHartree-Fock交換エネルギーを部分的に混合するもので、次のように表現される:

Exc=aEHF+(1a)EDFTE_{\text{xc}} = a E_{\text{HF}} + (1 - a) E_{\text{DFT}}

ここで、aa は混合比率、EHFE_{\text{HF}} はHartree-Fockの交換エネルギー、EDFTE_{\text{DFT}} はGGAやメタGGAによる交換相関エネルギーである。ハイブリッド汎関数は多くの系で高精度な結果をもたらすが、計算コストは比較的高い。

5. 長距離補正ハイブリッド汎関数

長距離補正ハイブリッド汎関数は、距離に応じて交換エネルギーの混合比を変化させるもので、特に電荷移動や励起状態の記述に優れている。具体的には、次のようにエネルギーが表現される:

Exc(r)=ESR(r)+ELR(r)E_{\text{xc}}(r) = E_{\text{SR}}(r) + E_{\text{LR}}(r)

ここで、ESR(r)E_{\text{SR}}(r) は短距離部分、ELR(r)E_{\text{LR}}(r)は長距離部分のエネルギーである。長距離補正により、DFT計算においてしばしば問題となる自己相互作用誤差が軽減される。

6. 二重ハイブリッド汎関数

二重ハイブリッド汎関数は、ハイブリッド汎関数に摂動論的な相関項を追加したもので、次のように表現される:

Exc=aEHF+(1a)EDFT+bEMP2E_{\text{xc}} = a E_{\text{HF}} + (1 - a) E_{\text{DFT}} + b E_{\text{MP2}}

ここで、EMP2E_{\text{MP2}}はMøller-Plesset 2次摂動論による相関エネルギーである。二重ハイブリッド汎関数は非常に高精度な結果を提供するが、計算コストが非常に高い。

汎関数の選択基準

計算対象と精度のバランス

計算対象が分子系か固体系か、周期系か非周期系かによって、適切な汎関数は異なる。例えば、周期的な固体の計算ではGGAが一般的に使用される一方、高精度が求められる分子系ではハイブリッド汎関数が推奨される。また、使用する汎関数は、計算対象の物理的特性(例:結合エネルギー、分極率、励起エネルギー)によっても左右される。

計算コストとリソース

利用可能な計算リソースに応じて、汎関数の複雑さを選択する必要がある。大規模系や分子動力学計算においては、GGAやメタGGAのような計算コストの低い汎関数が選ばれることが多い。

汎関数の特性と限界

パラメータ化の影響

多くの汎関数は特定のデータセットに基づいてパラメータ化されている。そのため、対象とする系がパラメータ化に用いられたデータセットから大きく外れる場合、予期しない誤差が生じることがある。

自己相互作用誤差

自己相互作用誤差は、電子が自身との相互作用を過大評価することにより生じる。これにより、DFT計算では特に電荷移動や解離エネルギーの計算において誤差が生じることがある。

分散力の取り扱い

分散力(van der Waals力)は、多くの標準的なDFT汎関数では適切に記述されないため、分散力補正を組み込む必要がある場合が多い。分散力を考慮に入れた汎関数としては、DFT-DやDFT-D3が挙げられる。

結論

DFT計算における汎関数の選択は、計算対象、要求精度、利用可能な計算リソースに応じて慎重に行う必要がある。汎関数の種類やその理論的背景を理解することで、より適切な選択が可能となり、計算結果の信頼性が向上する。また、計算の目的に応じて、自己相互作用誤差や分散力補正など、特定の課題に対処するための追加手法を取り入れることも重要である。